1. はじめに
新型コロナウイルスの影響で、リモートワーク(テレワーク)が広がっている。リモートワークは単に仕事の場所、プロセスが変化するだけではなく、個人の意識に大きな変化が起きると考えている。自分は20年近くリモートワークを続けており、その間いろいろな気づきもあった。自分の場合、誰かに雇用されて仕事をしているわけではないため、現在広がりつつあるテレワークのメインストリームと少し性質が異なるが、これまでのリモートワーク人生を振り返りながら、自分の考えを述べたい。
2. リモートワークの遍歴
そもそも自分がリモートワークになったのは、独立がきっかけだった。2002年にそれまで勤めていたソフトウェア会社を退職し、ソフトウェア会社を設立し、最初の数年は自宅兼事務所での在宅ワークだった。基本的にパソコン一台あれば仕事ができるソフトウェアエンジニアであったため、特に不自由はなかった。
その後、社員が6人に増え、2005年に代々木八幡に専用のオフィスを借りたが、その時も全員で集まるのは毎週月曜日のみで、それ以外は各自で在宅ワークが基本だった。コミュニケーションツールは主にメールと MSN Messenger だった。また当時まだ珍しかったIP-PBXを導入し、事務所宛の電話を内線で自宅の電話に転送できるようにしていた。今振り返ると現在のテレワークとそれほど変わらない環境を実現していた。
2008年に会社を清算すると、今度は数年間アメリカ、ヨーロッパなど海外を転々としながら仕事をするようになった。旅をしながらソフトウェアを開発するというスタイルだった。この時に今後の仕事の方向性を決めるソフトウェアが生まれた。
2010年に帰国し、事業を再開してからしばらくはまた自宅兼事務所での在宅ワークとなり、その後はカフェで仕事をするようになった。いわゆるノマドワーカーである。
2012年に三鷹にコワーキングスペースを見つけからは、そこで仕事をするようになり、そしてある程度事業が軌道に乗ると、2014年に同じく三鷹に自分専用のオフィスを借り、現在に至っている。
3. 働く場所について
リモートワークの場合、いつでもどこでもできると思われるかもしれない。確かにその通りなのだが、効率や快適性を求めた場合、必ずしもそうとは言えないと思う。場所別にメリット、デメリットを述べたい。
3.1. 自宅
自宅のメリットは何といっても起きて外に出ることなく、すぐに仕事ができることである。Web会議の場合を除いて、出社用に着替える必要もなく、女性であれば化粧をすることもなく、移動も含め、大幅な時間の節約になる。しかし自宅でずっと仕事をしていると、オンオフが切り替えづらい、テレビや家事などで集中できない、モチベーションが保ちづらいなどのデメリットも無視できない。特に同居人がいる場合、頻繁に話しかけられたり、物音を立てられると、それが大きなストレスになることもある。
3.2. カフェ
先に述べたように一時、カフェで仕事をしていたことがある。確かにおしゃれなカフェを転々とし、仕事をするのは気分転換にもなるし、気持ちがいいことである。しかしカフェはいつでも営業しているとは限らない。時間帯によってはとても混む場合もあるし、適当な席が空いてない場合もある。電源やネット回線の問題もある。何より少額の支払いで、長時間お店にいるのは気が引けるものである。
3.3. コワーキングスペース、シェアオフィス
カフェを転々とすることにも疲れ、一時期、三鷹のコワーキングスペースを契約していたことがある。多くのコワーキングスペースには月極会員とスポット会員があり、月極の会員であれば、いつでも自由にスペースを使用することができる。費用は月々1万円から数万円の場合が多い。
スポット会員の場合も、1日1000円から数千円で使用できる場合が多い。コワーキングスペースのメリットは、低料金で、長時間滞在できることである。電源やネットの環境も整備されている。
またコワーキングスペースを利用する人々は、デザイナー、クリエイター、エンジニアなど、フリーランスとして活躍する人が多く、人的な交流も大きなメリットとなる。
デメリットとしては、席がフリーアドレス制の場合が多く、書類や機材を毎日持ち歩くのが面倒になる。また機密情報を常に携帯するのはセキュリティ上も好ましくないと思われる。またコワーキングスペースによっては営業時間外や不定休などで施設が利用できないこともある。
3.4. 専用オフィス
一人で専用のオフィスを借りるなんてもったいないと思われるかもしれない。しかし一人でもオフィスを借りるメリットは大いにある。
まず機材、オフィス家具、オフィス家電を自分専用にフルカスタマイズできることである。これについては「仕事道具について」で詳細に述べるが、自分専用のデスク、イス、大型モニター、キーボードを自分で選択し、それを使い続けられることは、何物にも代えがたい快適性がある。
またウィズコロナの時代では、感染防止の観点からも隔離されたスペースを利用することが望ましい。セキュリティに関しても、コワーキングスペースやシェアオフィスと比べ格段に向上する。専用のオフィスであれば、基本的に自分しか立ち入れないため、情報機器、機密書類の保管には最適である。
加えて専用のオフィスがあることは、対外的な信用力向上にも寄与する。
デメリットとしては、固定費が増大するという一点に尽きる。しかし税制面のメリットも多い。まず事務所は100%経費となる。また法人であれば、役員社宅制度を活用することで、住む家も賃料の8割程度は経費として計上することができる。ある程度の売上がある人であれば、費用的にもそれほど負担にならないのではと思う。
今後、リモートワークが恒久化した場合、個室型のオフィスの需要は高まるのではと思う。例えばカラオケボックスは適度なスペースの個室が充実しており、また電源、デスク、大画面液晶、防音設備もあり、月極もしくはスポットのオフィスとして貸し出せば、少額の投資で大きなビジネスになる可能性がある。
4. 仕事道具について
仕事道具については個人の好みが大きいため、あくまでも個人的な内容にとどまる。
4.1. PC
PCについては10代の頃、秋葉原のパソコンショップで店員をしていたこともあり、人一倍思い入れがある。基本はずっとノートパソコンである。最初の頃は Compaq Armada や IBM Thinkpad を愛用していた。その後、Macbook Air がこの世に登場したことをきっかけに Mac に乗り換え、10年近く Macbook Air / iMac を愛用していたが、昨今のWindows 環境の向上と、Macbook Pro の Touch Bar の登場をきっかけに、Windows のノートパソコンに回帰している。
今は Thinkpad X1 Yoga を使用している。キーボードの打ちやすさは完ぺきで、LTEにも対応しており、オプションを追加して30万円程と価格は高いが、携帯性と快適性のバランスが取れたノートパソコンだと思う。
Macbook を使用していたメリットは、フォントの美しさ、パフォーマンスの高さ、システムの安定性、機体の軽さなどであったが、フォントの美しさを除けば Windows 機でも遜色がなくなってきていると感じている。
4.2. 大型液晶
自分が最もこだわっているのは、ディスプレイの大きさである。画面の大きさと生産性はある程度の相関があると個人的に感じている。但し画面が大きくても解像度が低くては意味がない。また逆に解像度が高くても画面が小さくては意味がない。高解像度かつ大画面が大切である。以前は30インチクラスのWQHD液晶をデュアルディスプレイにして、仕事をしていたが、現在はLGの43インチの4K液晶を使用している。価格は確か7万円程度だった。単体で以前のデュアルディスプレイ以上の解像度あり、とても快適に作業できている。
WQHD : 2560 x 1440 / 16:9 / 3,686,400画素
4K : 3840 x 2160 / 16:9 / 8,294,400画素
4.3. キーボード
キーボードは作業効率を上げる上で重要である。私の場合は普段から ThinkPad キーボードに慣れており、ThinkPad と同じ配列、キータッチの外付けのキーボードをCPU切替機経由で複数のPCに接続し、使用している。
4.4. デスク
デスクは様々なものを試したが、現在は IKEA の GALANTシリーズのL字型のデスクを使用している。高さが調整可能で、L字型の内角がカーブになっており、とても使いやすい。またデザイン性も高い。※ 現在は販売を終了している。
4.5. イス
イスはとても重要である。自分の場合、毎日12時間以上はイスに座っているため、長時間座ってもどこも痛くならないことが大前提である。また集中したいとき、リラックスしたいときなど、多様なシーンに合わせてカスタマイズできるものが望ましい。いろいろなイスと比較検討し、今は エルゴヒューマン Pro を使用している。価格は10万円とある程度するが、快適性と耐久性を考えると、トータルコスト的には十分元が取れると思う。
5. 仕事の方法について
3年ほど前から大学院にて自己主導型学習(Self-directed Learning)支援システムの研究を行っている。自己主導型学習に近い概念として、自己調整学習(Self-regulated Learning)があるが、自己調整学習では学習目標はあくまでの先生が設定し、学習者が決められた目標に対して、学習プロセスや学習ペースを自分で調整しながら学習するスタイルとなっている。それに対して自己主導型学習は、先生が学習目標を決めるのではなく、学習目標から学習課題、学習プロセスに至るまですべて学習者自身が決めることが最大の特徴となっている。先生は足場かけと呼ばれる学習者へのサポートを与えることが主たる役割となっている。ポストコロナの時代では自己主導型学習の必要性がますます高まると思われる。
同様に、仕事においても自己主導型ワーク(Self-directed Work)という概念が注目されると考えている。(※ 自己主導型ワークは自分が考えた造語である。)これは仕事の目標や、タスク、プロセスを自分自身で設定し、進めるスタイルである。
これまでの常識では会社員であれば、上司から業務上の目標や、タスクが割り当てられ、プロセスも管理されることが多かったかもしれない。しかしポストコロナの時代では、より自律性が求められ、自ら判断する機会が増えると思われる。場合によっては通常の業務に加え、自らプロジェクトを立ち上げ、その実現のために仕事をすることもできるかもしれない。
5.1. 創造性
自己主導型ワークにおいて特に大切なのは「創造性」と「モチベーション」である。
創造性とは既存の知識、アイデアを結合し、新しい価値を生み出すことである。創造性を養うにはインプットがとても大切である。日々のルーティングワークだけではなく、様々な知識、アイデアに触れることが重要である。
自分が良く行うのは旅をすることと、本屋さんを歩くことである。旅は視点を変える大きなきっかけとなる。また街の本屋さんは、今のトレンドや新しいアイデアを得るうえで貴重な情報源となり、なぜかネットサーフィンよりも本屋さんの中を歩き回る方が、新しいアイデアを得ることが多かった気がする。
もちろん人とのコミュニケーションや、日々の学びも重要のインプットとなる。
5.2. モチベーション
モチベーションを維持することはとても難しいが、進捗の法則にそのヒントが隠されているかもしれない。進捗の法則はアマビル氏が数十年に渡り、企業の日報の調査で明らかにした、小さな進捗の積み重ねがモチベーションを高めることにつながるという法則である。一気に成果を出そうとするのではなく、日々少しでも、何かしら前進したという感覚を感じることが大切と言われている。
5.2.1. タスク管理ツール
進捗の法則を働かせるために自分がよく行うのは、タスク管理ツールとラウンドロビン方式の活用である。例えば Backlog などのタスク管理ツールを個人でも活用することである。タスク管理ツールにプロジェクト(目標)を設定する。そのプロジェクトを完遂するために必要なタスクを作成する。タスクに進捗が発生した場合には、こまめに進捗を書き込む。こうすることによって今やるべきことや、日々の小さな進捗が見える化され、モチベーションの維持に少しでも貢献するのではと考えている。
但しこれを人と共有するかどうかは、議論が必要である。自分の経験から人とタスクを共有すると、見られている(監視されている)感があり、それがかえってモチベーションを下げる要因ともなりうると考えている。
5.2.2. ラウンドロビン方式
ラウンドロビンとは元々はオペレーティングシステムのプロセスのスケジューリングにおいて使用される用語でもある。複数のプロセスが存在する場合、実行可能状態にあるプロセスに、タイムシェアリングによって順番にプロセッサを割り当てる。一つのプロセスにプロセッサが長時間占有されず、同時並行で進められるというメリットがある。
これを自分の場合は仕事に置き換えている。具体的にはプロセスを仕事、プロセッサを自分に置き換え、複数の仕事を、進められる仕事から少し順番に行い、同時並行で進めていくスタイルである。
こうすることによって日々、小さな進捗が発生し、また問題の早期発見や、特定のタスクの遅延を防止するなどのリスクヘッジにもつながると考えている。
6. まとめ
長々と書いたが言いたいことは次のことである。
- リモートワークは在宅ワークだけではなく、近隣に借りた個室型専用オフィスなど仕事など多様化する可能性がある。
- 今、社会で発生しているリモートワークへの流れは、単に仕事の場所、プロセスが変化するだけではなく、個人の意識に大きな変化が起きる可能性を秘めている。具体的には与えられた仕事だけではなく、自律的に目標や課題を見つけ、挑戦、解決するという「自己主導型ワーク」の重要性が高まる可能性がある。
- 自己主導型ワークを推進するには「創造性」と「モチベーション」が大切となり、その方法として業務外のインプットの例や、進捗の法則に関する工夫をご紹介した。